“この本は今すぐ皆で読むべき本である。それも、子供たちだけでなく大人も含めてである。人生でとても大切なことについて書かれているからだ。。。”
セルゲイ ヴォルコフ、モスクワ市立57番小学校のロシア文学教師、
Pervoe Sentyabrya社“Literaturaリテラトウーラ”新聞編集長
http://lit.1september.ru/view_article.php?ID=201000911
“この本を教育者のポエムと称してもおかしくないだろう。ここには人間愛に基づく教育論と、子供たちへの献身的な奉仕と愛情について謳歌されている。
。。主人公の小谷芙美のことを同僚はこう語る、「問題児も、障害児も教師も、彼女にとっては境はない。皆人間なんだ。」。。。
。。 “兎の眼”は、もう人生で何も変えることはできないとのあきらめや、なげやりな姿勢に病む大人たちー教師や親、皆に薬として義務づけられるべき本である。 また、この作品は11〜16歳くらいの悩める子供達に答えを与えることも出来るだろう。彼らでさえ、大人の態度の理解に苦しんであきらめていることもある のだ。迷いや、権力者に対しての恐れ、一度定められた掟から踏み出すことの難しさなど、灰谷健次郎の本を読んで子供達はなにかを感ずるのではないか。そし て大人と子供を隔てる溝はそれほどまでに深くないことを分かってくれるのではないか。。”
出版社 ローゾヴィージラーフ 推薦の本http://www.pgbooks.ru/pg_recommend/book/?ELEMENT_ID=3597
“日 本で70年代に書かれた学校についての物語が、今日のロシアにいる私たちになんと真摯に訴えかけてくることか。ある若い女教師の成り立ちー そこに描かれ た姿こそ私たち教師の夢のまた夢であるー他人を教えるという行為はまた、自分自身と向かい合うことでもあり、また、生徒やその家族の人生を通じて自己表現 することでもあるのだ。また、社会情勢に対する一市民としての姿勢は、教育専門家の中随にあるべきもの、子を育てる親の認識になくてはならないものである こと。その他にも現在ロシアの 教育現場に関わる者たちとって痛切な数々の課題になりうる事柄がここには描かれている。”
カーティア アソーノヴァ PhD. モスクワ人文科学教育大学教師
“日本の作家にて教師の灰谷健次郎作“兎の眼”は1974年初版に出版された。本は
間もなくミリオンセラーとなり、印刷計20、0000冊を超えてなお現在次の世代へと読み継がれいる。英訳も出版されていて、国際アンデルセン特別賞を受賞。学校を取り上げたジャンルでは世界中で最も素晴らしい本のひとつである。
。。これは子供のために書かれた本ではあるが、大人の読者に向けられた作者のまなざしも感じられる。主人公はどちらか定めづらい;子供達かそれとも教師達なのか。
そしてどちらがどちらを教えているかも分からない;作文を綴る授業だって、子供たちが大人に示した優しさと友情の教訓とは比にならないのだから。
。。今私たちの目の前には1970年代の日本の本がある。どう見ても、21世紀に違う大陸に住む私たちにとっては理解不可能の異次元の世界を描いた物語を想像するだろう。ところが読んでみると、 登場人物の名前に慣れるのが少し大変なくらいで、あとは全くわかりやすい。おそらく、物事の一番純粋な部分というのはどこの国、どこの文化でも同じなのであろう。“兎の眼”は何よりもまず、一番人生で純粋で根本的な物事についての物語なのである。“
リーザ ベルゲルによる批評
新聞社“コメルサント”
http://www.kommersant.ru/weekend/?IssueID=55458
http://www.kommersant.ru/doc-rss.aspx?DocsID=1347040
ジャーナル «Weekend» № 13 (159) 09.04.2010 日付
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2010年3月にVDNH/ 全ロシア博覧センターで開催された“全ロシアー本の国際市”のイベントの一環として“教師の年に教師のテーマで”と称されたサマカート出版社“兎の眼”の プレゼンテーションが行われて、“教師の年2010年”正式連邦報道センターの編集長イリーナ ヴィリャヴィナによる国際市に関する記事にそのことが取り 上げられた。
高い水準の文学が必要
2010年3月10日から15日にかけて全ロシア博覧センター(VDNH)にて第13回全ロシア–本の国際市“Knigi Rossii”が開催された。この国際市は“教師の年2010年”の公式イベントカレンダーの一環の催しとされていて、オープニングでは公式報道連邦機関の指導者ミハイル セスラヴィンスキー氏と、ロシア正教会総主教キリルによって開催宣言された。
挨 拶の中で総主教キリルは、「市民の間に読書のセンスを育てていくためにはもっと公の場で本についてのディスカッションが頻繁に行われるべきである。そうす れば、各家庭の本棚の中身も変化していくのではないか。」と公言。その本棚の中身とは世論調査の統計によると、各一般家庭本の数は平均100冊、好みの ジャンルは探偵冒険小説、古典と女性向け推理小説。「いうまでもなく、読者には水準の高い文学を届けることは重要課題である。でも、まず良い本が手に入り やすいように普及させることが出来なければ、精神を高めるような本をいくら推薦しても意味がないのではないか。」と総主教は述べた。
ミ ハイル セスラヴャンスキー氏もオープニングでは数字によるスピーチを展開、それによると今年の本の市には15万の冊数を超える本が展示販売され、500 以上の出版社が参加。「アストラハン地方からの出展者が今年は特に多い。イベントの中でも“教師の年2010年”や5月の“戦勝65周年記念日”のテーマ については特にクローズアップしていく予定です。」とセスラヴィンスキー氏は語る。
“本の国際市”期間中に“教師の年2010年”をテーマにした企画のひとつとして“学校の図書館− 教育の進歩と現代の学校” と題されたシンポジウムが行われた。主催者は公式報道連邦機関、全ロシア学校図書館組合、雑誌“学校図書館”編集部。全ロシア学校図書館組合長のタティア ナ ジューコヴァ女氏は語る;「 今日の教育機関所属の図書館は3つの方向に進展していくべきである。第一には生徒達の学習の充実を助けること。第2に教師たちのさらなる進歩、発展を助け る目的。そして第3にリクリエーション分野を豊かにして、個人の創造性の発展を助け、プロジェクト制作なども可能に出来る多様性をもつこと」。ディスカッ ションでは主に、第2の役割−教師を助ける役割について話し合われた。“教師の年”には特に、生活に余裕がなく文化の中心からかけ離れてしまいがちの教師 達の文化的レベルの向上を助けるために図書館がどのように教師達を助ける役割を果たせるかを検討することが重要な課題。「今日“本の市”で私たちは経済的 危機についても話し合っていますが、そのような時代に図書館という機関は教師たちにとって、専門教科最新の生きた情報を手に入れる可能性を有する唯一の機 関であると思います」。
サ マカート出版社はカリスマ日本人作家灰谷健次郎作“兎の眼”の出版を記念して、「“教師の年”に教師のテーマで..」、と題した討論会を“本の国際市”イ ベント会場で催した。その題名の通り、話題は本のことに限られず、今日の社会における教師の役割のことについて語られた。灰谷氏は1960年代の学校の物 語を書いて、それが今日まで読まれ続けている。1974年に初版が出たときの新鮮さと現実味が今日まで失われていないのはどうしてなのか。「大学を出たば かりの小谷芙美は初めて教師として小学校にやって来て、始めは全ての事におびえて自分を見失ったり、落胆したりする過程をえながら、人間として成長してい くんです。 現代社会にとって学校や、次世代の教育はもっとも根本的な問題である今、この本がちょうどタイミング良く出版されたことをとても喜んでいます。“私たちの 子供がどのように育つかによって、それに比例した社会になる。”と話題になりますが、もしこの本が教師になろうという志を抱いた若い人たちを幾人でも支え ることが出来れば、出版した意味を果たせたことになるんではないかと思います。」と、サマカート出版社の編集長イリーナ バラホーノヴァは確信を持って語る。
今 年の“本の国際市”は先生達にとって、“教師の年2010年”最高の贈り物となった。教師という職業は本の存在なしでは成り立たないものだし、近代ではマ ルチメディアの教材も教師の片腕となって授業で活躍しているが、その両方が今回の“国際市”では豊富に取り揃えられていた。そしてもう明日になれば、授業 の始めに生徒の前で早速新しい本を開いて、「昨日“本の市”で見つけて来たんだけど..私たちの授業で大切なことがここには書いてあるんです..」、なん ていう様子がきっと各学校で見られるのではないだろうか..
“教師の年2010年”政府公式報道センター編集長イリーナ ヴィリャヴィナ
http://www.uchitel2010.interfax.ru/lnt.asp?rbr=11&lnt=11&id=70
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“全ロシア−本の国際市 Moscow International Book Fair”
サマカート出版社、灰谷健次郎作“兎の眼”出版プレゼンテーション(同上イベント)について“Moscow International Book Fair”主催者の記事
公式ホームページに記載
http://mibf.ru/?id=52&news_id=518
異文化の間に浮かぶ平和の島
サ マカート出版社と日本国際交流基金は3月13日に灰谷健次郎(1934−2006)作“兎の眼”のロシア初出版を記念してプレゼンテーションを催した。イ ベントには文学科教師セルゲイ ヴォルコフ、日本国際交流基金代表者別府将史、ロシア語版発行発案者関屋まきとサマカート出版社編集長イリーナ バラホー ノヴァが出席。
“兎 の眼”は1974年に日本で初出版されて以来年に2、3度づつ刷られてきた。日本の読者が愛してやまないこの本の今日までの合計冊数は2,000,000 冊を超える。この本は生徒を教えるだけでなく、生徒からも教わることを知る真の教師の物語。本のタイトルとも関係あるかもしれない東洋のことわざ“兎の眼 で世の中を見つめることは仏でなくとも出来る”の言葉通りに人生を送る教師の物語。
「日 本版のイラストレーター長谷川知子の絵を使い、紙質から厳選して開きのページの色まで揃えて、そっくりそのまま日本の本です。」と出版社。その純日本的な 丁本の仕上がりですが、内容は今日私たちの現実にうったえるものなので、ロシアの皆様にも愛読していただければ、と出版社は望みを託す。
セ ルゲイ ヴォルコフ先生いわく、「今日の教育システムでは問題のある児童のことは全く配慮されていない」と学校の現状を語る。物語の中には障害を持った少 女が普通の学校に転入してくるエピソードがある。始めのうちは生徒達も生徒の親達も受け付けないのだが、間もなく“良心”や“友情”とはなにか、を思い出 す。このエピソードは
実際にあった出来事に基づいて書かれている、というのは大切なところだ。
日 本とロシアの間にある考え方や習慣の違いや、 未解決の問題(四島問題の暗示)などにも関わらず、この本は「2つの民族の間にありながら、双方がぶつかり合う場ではなく、やっと共通の言葉を見つけるこ とのできる島」となれる可能性に期待したい、との関屋の言葉で締めくくられた。サマカートの編集長はそれに加えて、「サマカートから出版されている作品に は皆、子どもを地球の一市民に育てるという願いがこめられています。ひとつひとつの作品が皆にとって居心地がよく、異文化の間に浮かぶ共通の島のような存 在になってくれれば」と語った。
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ピエールヴオエ センテャーブル Pervoe Sentyabrya 出版社
“リテラトウーラ文学”新聞2010年第9号記載 関屋まき 文
和解の島の上に
“兎 の眼”は初出版されて以来ベストセラーとなって読者の心を捉え続けてきました。今日まで総印刷数は200、0000冊に及びます。出版された当時から多数 の賞を受賞し、映画化され、英語にも翻訳されてアメリカ、カナダ、オーストラリア、英国、インドなどでも読まれてきましたが、書かれてもう30余年近く 経った今でも色があせずに読み継がれているのです。戦後の日本の児童文学の中でも他に例を見ない真に稀な作品です。
大 学を卒業したばかりの未経験な教師、主人公の小谷先生は物語の冒頭から予期もしない出来事に次から次へと見舞われて、教師としてだけではなく人間としても 何も手に負えない自分に失望します。そして人生で初めて、自分の生き方を問い直して、そして心底変わりたいと渇望したのです。それからまず、自分自身との 戦いの日々が始まります。人生の終わりまでも前進する覚悟で目標を見据え、自己変革の第一歩を踏み出します。日本の批評家によると、“兎の眼”は戦後日本 の児童文学の中で新しい教師像を提示したといわれます。ここには教師である以前に一人の人間であり、生徒の忠実な友である教師、他人より、まずは自分から 変化を求める教師像があります。
作 者の灰谷健次郎は17年間小学校の教師として働きましたが、人生の悩めるある時期に仕事が手につかなくなり教師を辞め、貧しいアジアの国々や沖縄の島々を めぐって放浪の旅にでました。毎日泊まる場所も定かでなく、工場でパイナップルの皮むきをしたり日雇いの仕事をてんてんとする路上生活者のような日々を数 年間過ごしましたが、そんなある日、あることがきっかけで机の前に座った作者は机にかじりつくようにして数日間でこの作品を書き上げたといいます。そうし て、心にずっと気になっていたこと、良心を咎めていたことなど半生全てが注がれたこの作品が出来上がりました。理論社の創始者小宮山量平は手元に送られて 来た原稿を見て、「これは将来重要な作品になる。」、との確信をされ、そうして理論社より出版されたこの作品はまたたくまに日本中の読者の間に広がってゆ きました。本は大勢の人たちの支持を得て、沢山の人々に影響を与え、そして作者自身も学校教育や子供に関する問題において発言に影響力のある人物となって いったのでした。
灰 谷は子供7人のうちの第3男として貧乏な家庭に育ちました。経済的にも苦しい時代で、まだ中学生の頃から就職安定所の行列に毎日のように並んだりする日々 をおくりました。“兎の眼”の中には作者の子供時代から育まれてきた人生観が投影され、自伝的要素も作品の中に見られます。物語に登場するエピソードには 作者自身が体験したものも少なからずあり、ところどころには作者教師時代に担当した生徒達の日記の一部や詩が織り込まれています。障害者の少女が登場する 場面–これは作者自身の教師体験のうち実際にあった物語です。 障害を持った児童の社会における位置は灰谷が生涯気にかけていた問題でした。人生の終わり近く彼が同志と共に立ち上げた幼稚園には障害を持った子供も受け 入れるような仕組みがあり、子供達は共に畑で野菜を育てたり園内の様々な動物達とふれあったりできるもので、その幼稚園は今現在も存在しています。
作 者やこの作品を受け付けない人々も多数あります。登場人物が白と黒に分かれることや、作者に良い、とされる登場人物が理想的されすぎたりすることで批判す る人たちもいます。教師の中には、子供たちの姿が理想的で現実から遠く、作者の言い分を押し付けがましいと感じたり、自分を非難されているように感じる教 師達も中にはいます。作者の国の在り方や教育問題に対する公な発言をふてぶてしいとする人々もいます。それにも関わらず、今まで“兎の眼”は児童文学のベ ストセラーであり続けているのです。
“兎 の眼”をロシアでの出版にあたって推薦したときに、この本の根本にある、“何かを熱く探し求める心”がロシアの人々に響き合うものがあり、ロシアの読者の 方々はその世界観に共鳴して評価してくれるのではないかと思いました。今ロシアでは日本文化への興味が開花していますが、それにも関わらず従来の固定観念 を乗り越えて真の相互理解、相互学習に達することは非常に難しいことのように思われます。その意味で、日本の中だけにある世界、日本人の日常生活や心の奥 をこの本を通じて垣間見てもらう事が出来れば、もっと日本のことをもっと分かってもらえるのではないか、と思いました。日露関係には四島問題など難しい場 面もありますが、でもふたつの民族の共有するものもあります。良心、誠実さ、正直さ、忍耐強さ、つつましさ、優しさ...これらの言葉は日々、ロシアでも 日本でも人々の間に響いているのです。この様に最も繊細な感覚ーおそらく人間にとって一番の貴重な財産ともいえる感覚が–– 一本の糸のように物語全体に 織り込まれているのです 。
私 自身が中学生で初めてこの本を手に取ったとき、なにかとても特別な本に出会ったという思い、そして強い力をもって感動に導かれた記憶がありました。自分の 中ではそれが一番好きな本、という認識があったにも関わらず、どうしてそんな思いをこの本が与えるのかは自覚してきてはいませんでした。そして今回、私が 1歳児の母としてこの本に戻って来たとき、この本はまるでまた新しい意味をもって私に訴えてきたのです。この本のロシア出版は“教師の年”と偶然一致した だけでなく、私自身の人生での転機ともあたりました。息子が誕生してもう1年も経っているのに、生活の優先順位が今までと逆であるということ、自分のやり たいことは何一つ出来ない、ということを自分の中で未だに受け入れらずにいました。昔から私は自意識が強くて、最近になって、今までずっと自分が–疲れを 知らず、子供とのやりとりが上手でいつも笑顔が輝いているいる– 理想の母親像を演じようとしていることに気づきました。この本と再び出会ったことによって自分の実際の姿を見つめて,出 来ないことがあることを素直に認める勇気が少しもらったような感じがします。灰谷健次郎にとってこの本を書くという行為は、彼自身が無意識のうちに自己の 良心を改める行為に近いものがあったのではないかという思いにとらわれました。登場人物の言動に思いを託すことを通じて懺悔して、涙を流して清められる、 本の一部にはそのような過程も垣間見られるように思われます。ある日本のある批評では、この本を読んでどれくらい読者が感動したか、ということよりも、ど れくらい変わることが出来るか、というところが大切ではないか、と記されていましたがその通りではないかと思われます。
最 後に“兎の眼”の題名について申し上げます。兎は仏教の経典にも伝えられる通り、仏の前世の姿と説かれてきました。兎は自己犠牲の象徴となります。この話 は、空腹の旅人をあわれんで我が身を火に投じた兎の行為を一切衆生に見せるために帝釈天は月に兎を移してやった、とされるものです。“兎の眼”の中にはこ の話のことは一切ふれられていませんし、この物語自体、宗教的内容のあるものとはいえませんが、それでも日本地に遠い先祖より代々伝えられて来た世界観が この本には満ちているといえるでしょう。月から地上を見つめる賢明な兎の眼のように...
ロシアと日本の間にもう半世紀以上も問題の根源となっている4島の存在がありますが、この本は、ふたつの民族を共通の価値観で結ぶ小さな平和の島となってくれることを心より願っています。
http://lit.1september.ru/view_article.php?ID=201000913
ピエールヴオエ センテャーブル Pervoe Sentyabrya 出版社
“リテラトウーラ文学”新聞2010年第9号記載
関屋まき 文
この本を読んだロシアの皆からの感想 -Что пишут об этой книге (японская версия)
“この本は今すぐ皆で読むべき本である。それも、子供たちだけでなく大人も含めてである。人生でとても大切なことについて書かれているからだ。。。”
セルゲイ ヴォルコフ、モスクワ市立57番小学校のロシア文学教師、
Pervoe Sentyabrya社“Literaturaリテラトウーラ”新聞編集長
http://lit.1september.ru/view_article.php?ID=201000911
“この本を教育者のポエムと称してもおかしくないだろう。ここには人間愛に基づく教育論と、子供たちへの献身的な奉仕と愛情について謳歌されている。
。。主人公の小谷芙美のことを同僚はこう語る、「問題児も、障害児も教師も、彼女にとっては境はない。皆人間なんだ。」。。。
。。 “兎の眼”は、もう人生で何も変えることはできないとのあきらめや、なげやりな姿勢に病む大人たちー教師や親、皆に薬として義務づけられるべき本である。 また、この作品は11〜16歳くらいの悩める子供達に答えを与えることも出来るだろう。彼らでさえ、大人の態度の理解に苦しんであきらめていることもある のだ。迷いや、権力者に対しての恐れ、一度定められた掟から踏み出すことの難しさなど、灰谷健次郎の本を読んで子供達はなにかを感ずるのではないか。そし て大人と子供を隔てる溝はそれほどまでに深くないことを分かってくれるのではないか。。”
出版社 ローゾヴィージラーフ 推薦の本http://www.pgbooks.ru/pg_recommend/book/?ELEMENT_ID=3597
“日 本で70年代に書かれた学校についての物語が、今日のロシアにいる私たちになんと真摯に訴えかけてくることか。ある若い女教師の成り立ちー そこに描かれ た姿こそ私たち教師の夢のまた夢であるー他人を教えるという行為はまた、自分自身と向かい合うことでもあり、また、生徒やその家族の人生を通じて自己表現 することでもあるのだ。また、社会情勢に対する一市民としての姿勢は、教育専門家の中随にあるべきもの、子を育てる親の認識になくてはならないものである こと。その他にも現在ロシアの 教育現場に関わる者たちとって痛切な数々の課題になりうる事柄がここには描かれている。”
カーティア アソーノヴァ PhD. モスクワ人文科学教育大学教師
“日本の作家にて教師の灰谷健次郎作“兎の眼”は1974年初版に出版された。本は
間もなくミリオンセラーとなり、印刷計20、0000冊を超えてなお現在次の世代へと読み継がれいる。英訳も出版されていて、国際アンデルセン特別賞を受賞。学校を取り上げたジャンルでは世界中で最も素晴らしい本のひとつである。
。。これは子供のために書かれた本ではあるが、大人の読者に向けられた作者のまなざしも感じられる。主人公はどちらか定めづらい;子供達かそれとも教師達なのか。
そしてどちらがどちらを教えているかも分からない;作文を綴る授業だって、子供たちが大人に示した優しさと友情の教訓とは比にならないのだから。
。。今私たちの目の前には1970年代の日本の本がある。どう見ても、21世紀に違う大陸に住む私たちにとっては理解不可能の異次元の世界を描いた物語を想像するだろう。ところが読んでみると、 登場人物の名前に慣れるのが少し大変なくらいで、あとは全くわかりやすい。おそらく、物事の一番純粋な部分というのはどこの国、どこの文化でも同じなのであろう。“兎の眼”は何よりもまず、一番人生で純粋で根本的な物事についての物語なのである。“
リーザ ベルゲルによる批評
新聞社“コメルサント”
http://www.kommersant.ru/weekend/?IssueID=55458
http://www.kommersant.ru/doc-rss.aspx?DocsID=1347040
ジャーナル «Weekend» № 13 (159) 09.04.2010 日付
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2010年3月にVDNH/ 全ロシア博覧センターで開催された“全ロシアー本の国際市”のイベントの一環として“教師の年に教師のテーマで”と称されたサマカート出版社“兎の眼”の プレゼンテーションが行われて、“教師の年2010年”正式連邦報道センターの編集長イリーナ ヴィリャヴィナによる国際市に関する記事にそのことが取り 上げられた。
高い水準の文学が必要
2010年3月10日から15日にかけて全ロシア博覧センター(VDNH)にて第13回全ロシア–本の国際市“Knigi Rossii”が開催された。この国際市は“教師の年2010年”の公式イベントカレンダーの一環の催しとされていて、オープニングでは公式報道連邦機関の指導者ミハイル セスラヴィンスキー氏と、ロシア正教会総主教キリルによって開催宣言された。
挨 拶の中で総主教キリルは、「市民の間に読書のセンスを育てていくためにはもっと公の場で本についてのディスカッションが頻繁に行われるべきである。そうす れば、各家庭の本棚の中身も変化していくのではないか。」と公言。その本棚の中身とは世論調査の統計によると、各一般家庭本の数は平均100冊、好みの ジャンルは探偵冒険小説、古典と女性向け推理小説。「いうまでもなく、読者には水準の高い文学を届けることは重要課題である。でも、まず良い本が手に入り やすいように普及させることが出来なければ、精神を高めるような本をいくら推薦しても意味がないのではないか。」と総主教は述べた。
ミ ハイル セスラヴャンスキー氏もオープニングでは数字によるスピーチを展開、それによると今年の本の市には15万の冊数を超える本が展示販売され、500 以上の出版社が参加。「アストラハン地方からの出展者が今年は特に多い。イベントの中でも“教師の年2010年”や5月の“戦勝65周年記念日”のテーマ については特にクローズアップしていく予定です。」とセスラヴィンスキー氏は語る。
“本の国際市”期間中に“教師の年2010年”をテーマにした企画のひとつとして“学校の図書館− 教育の進歩と現代の学校” と題されたシンポジウムが行われた。主催者は公式報道連邦機関、全ロシア学校図書館組合、雑誌“学校図書館”編集部。全ロシア学校図書館組合長のタティア ナ ジューコヴァ女氏は語る;「 今日の教育機関所属の図書館は3つの方向に進展していくべきである。第一には生徒達の学習の充実を助けること。第2に教師たちのさらなる進歩、発展を助け る目的。そして第3にリクリエーション分野を豊かにして、個人の創造性の発展を助け、プロジェクト制作なども可能に出来る多様性をもつこと」。ディスカッ ションでは主に、第2の役割−教師を助ける役割について話し合われた。“教師の年”には特に、生活に余裕がなく文化の中心からかけ離れてしまいがちの教師 達の文化的レベルの向上を助けるために図書館がどのように教師達を助ける役割を果たせるかを検討することが重要な課題。「今日“本の市”で私たちは経済的 危機についても話し合っていますが、そのような時代に図書館という機関は教師たちにとって、専門教科最新の生きた情報を手に入れる可能性を有する唯一の機 関であると思います」。
サ マカート出版社はカリスマ日本人作家灰谷健次郎作“兎の眼”の出版を記念して、「“教師の年”に教師のテーマで..」、と題した討論会を“本の国際市”イ ベント会場で催した。その題名の通り、話題は本のことに限られず、今日の社会における教師の役割のことについて語られた。灰谷氏は1960年代の学校の物 語を書いて、それが今日まで読まれ続けている。1974年に初版が出たときの新鮮さと現実味が今日まで失われていないのはどうしてなのか。「大学を出たば かりの小谷芙美は初めて教師として小学校にやって来て、始めは全ての事におびえて自分を見失ったり、落胆したりする過程をえながら、人間として成長してい くんです。 現代社会にとって学校や、次世代の教育はもっとも根本的な問題である今、この本がちょうどタイミング良く出版されたことをとても喜んでいます。“私たちの 子供がどのように育つかによって、それに比例した社会になる。”と話題になりますが、もしこの本が教師になろうという志を抱いた若い人たちを幾人でも支え ることが出来れば、出版した意味を果たせたことになるんではないかと思います。」と、サマカート出版社の編集長イリーナ バラホーノヴァは確信を持って語る。
今 年の“本の国際市”は先生達にとって、“教師の年2010年”最高の贈り物となった。教師という職業は本の存在なしでは成り立たないものだし、近代ではマ ルチメディアの教材も教師の片腕となって授業で活躍しているが、その両方が今回の“国際市”では豊富に取り揃えられていた。そしてもう明日になれば、授業 の始めに生徒の前で早速新しい本を開いて、「昨日“本の市”で見つけて来たんだけど..私たちの授業で大切なことがここには書いてあるんです..」、なん ていう様子がきっと各学校で見られるのではないだろうか..
“教師の年2010年”政府公式報道センター編集長イリーナ ヴィリャヴィナ
http://www.uchitel2010.interfax.ru/lnt.asp?rbr=11&lnt=11&id=70
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“全ロシア−本の国際市 Moscow International Book Fair”
サマカート出版社、灰谷健次郎作“兎の眼”出版プレゼンテーション(同上イベント)について“Moscow International Book Fair”主催者の記事
公式ホームページに記載
http://mibf.ru/?id=52&news_id=518
異文化の間に浮かぶ平和の島
サ マカート出版社と日本国際交流基金は3月13日に灰谷健次郎(1934−2006)作“兎の眼”のロシア初出版を記念してプレゼンテーションを催した。イ ベントには文学科教師セルゲイ ヴォルコフ、日本国際交流基金代表者別府将史、ロシア語版発行発案者関屋まきとサマカート出版社編集長イリーナ バラホー ノヴァが出席。
“兎 の眼”は1974年に日本で初出版されて以来年に2、3度づつ刷られてきた。日本の読者が愛してやまないこの本の今日までの合計冊数は2,000,000 冊を超える。この本は生徒を教えるだけでなく、生徒からも教わることを知る真の教師の物語。本のタイトルとも関係あるかもしれない東洋のことわざ“兎の眼 で世の中を見つめることは仏でなくとも出来る”の言葉通りに人生を送る教師の物語。
「日 本版のイラストレーター長谷川知子の絵を使い、紙質から厳選して開きのページの色まで揃えて、そっくりそのまま日本の本です。」と出版社。その純日本的な 丁本の仕上がりですが、内容は今日私たちの現実にうったえるものなので、ロシアの皆様にも愛読していただければ、と出版社は望みを託す。
セ ルゲイ ヴォルコフ先生いわく、「今日の教育システムでは問題のある児童のことは全く配慮されていない」と学校の現状を語る。物語の中には障害を持った少 女が普通の学校に転入してくるエピソードがある。始めのうちは生徒達も生徒の親達も受け付けないのだが、間もなく“良心”や“友情”とはなにか、を思い出 す。このエピソードは
実際にあった出来事に基づいて書かれている、というのは大切なところだ。
日 本とロシアの間にある考え方や習慣の違いや、 未解決の問題(四島問題の暗示)などにも関わらず、この本は「2つの民族の間にありながら、双方がぶつかり合う場ではなく、やっと共通の言葉を見つけるこ とのできる島」となれる可能性に期待したい、との関屋の言葉で締めくくられた。サマカートの編集長はそれに加えて、「サマカートから出版されている作品に は皆、子どもを地球の一市民に育てるという願いがこめられています。ひとつひとつの作品が皆にとって居心地がよく、異文化の間に浮かぶ共通の島のような存 在になってくれれば」と語った。
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ピエールヴオエ センテャーブル Pervoe Sentyabrya 出版社
“リテラトウーラ文学”新聞2010年第9号記載 関屋まき 文
和解の島の上に
“兎 の眼”は初出版されて以来ベストセラーとなって読者の心を捉え続けてきました。今日まで総印刷数は200、0000冊に及びます。出版された当時から多数 の賞を受賞し、映画化され、英語にも翻訳されてアメリカ、カナダ、オーストラリア、英国、インドなどでも読まれてきましたが、書かれてもう30余年近く 経った今でも色があせずに読み継がれているのです。戦後の日本の児童文学の中でも他に例を見ない真に稀な作品です。
大 学を卒業したばかりの未経験な教師、主人公の小谷先生は物語の冒頭から予期もしない出来事に次から次へと見舞われて、教師としてだけではなく人間としても 何も手に負えない自分に失望します。そして人生で初めて、自分の生き方を問い直して、そして心底変わりたいと渇望したのです。それからまず、自分自身との 戦いの日々が始まります。人生の終わりまでも前進する覚悟で目標を見据え、自己変革の第一歩を踏み出します。日本の批評家によると、“兎の眼”は戦後日本 の児童文学の中で新しい教師像を提示したといわれます。ここには教師である以前に一人の人間であり、生徒の忠実な友である教師、他人より、まずは自分から 変化を求める教師像があります。
作 者の灰谷健次郎は17年間小学校の教師として働きましたが、人生の悩めるある時期に仕事が手につかなくなり教師を辞め、貧しいアジアの国々や沖縄の島々を めぐって放浪の旅にでました。毎日泊まる場所も定かでなく、工場でパイナップルの皮むきをしたり日雇いの仕事をてんてんとする路上生活者のような日々を数 年間過ごしましたが、そんなある日、あることがきっかけで机の前に座った作者は机にかじりつくようにして数日間でこの作品を書き上げたといいます。そうし て、心にずっと気になっていたこと、良心を咎めていたことなど半生全てが注がれたこの作品が出来上がりました。理論社の創始者小宮山量平は手元に送られて 来た原稿を見て、「これは将来重要な作品になる。」、との確信をされ、そうして理論社より出版されたこの作品はまたたくまに日本中の読者の間に広がってゆ きました。本は大勢の人たちの支持を得て、沢山の人々に影響を与え、そして作者自身も学校教育や子供に関する問題において発言に影響力のある人物となって いったのでした。
灰 谷は子供7人のうちの第3男として貧乏な家庭に育ちました。経済的にも苦しい時代で、まだ中学生の頃から就職安定所の行列に毎日のように並んだりする日々 をおくりました。“兎の眼”の中には作者の子供時代から育まれてきた人生観が投影され、自伝的要素も作品の中に見られます。物語に登場するエピソードには 作者自身が体験したものも少なからずあり、ところどころには作者教師時代に担当した生徒達の日記の一部や詩が織り込まれています。障害者の少女が登場する 場面–これは作者自身の教師体験のうち実際にあった物語です。 障害を持った児童の社会における位置は灰谷が生涯気にかけていた問題でした。人生の終わり近く彼が同志と共に立ち上げた幼稚園には障害を持った子供も受け 入れるような仕組みがあり、子供達は共に畑で野菜を育てたり園内の様々な動物達とふれあったりできるもので、その幼稚園は今現在も存在しています。
作 者やこの作品を受け付けない人々も多数あります。登場人物が白と黒に分かれることや、作者に良い、とされる登場人物が理想的されすぎたりすることで批判す る人たちもいます。教師の中には、子供たちの姿が理想的で現実から遠く、作者の言い分を押し付けがましいと感じたり、自分を非難されているように感じる教 師達も中にはいます。作者の国の在り方や教育問題に対する公な発言をふてぶてしいとする人々もいます。それにも関わらず、今まで“兎の眼”は児童文学のベ ストセラーであり続けているのです。
“兎 の眼”をロシアでの出版にあたって推薦したときに、この本の根本にある、“何かを熱く探し求める心”がロシアの人々に響き合うものがあり、ロシアの読者の 方々はその世界観に共鳴して評価してくれるのではないかと思いました。今ロシアでは日本文化への興味が開花していますが、それにも関わらず従来の固定観念 を乗り越えて真の相互理解、相互学習に達することは非常に難しいことのように思われます。その意味で、日本の中だけにある世界、日本人の日常生活や心の奥 をこの本を通じて垣間見てもらう事が出来れば、もっと日本のことをもっと分かってもらえるのではないか、と思いました。日露関係には四島問題など難しい場 面もありますが、でもふたつの民族の共有するものもあります。良心、誠実さ、正直さ、忍耐強さ、つつましさ、優しさ...これらの言葉は日々、ロシアでも 日本でも人々の間に響いているのです。この様に最も繊細な感覚ーおそらく人間にとって一番の貴重な財産ともいえる感覚が–– 一本の糸のように物語全体に 織り込まれているのです 。
私 自身が中学生で初めてこの本を手に取ったとき、なにかとても特別な本に出会ったという思い、そして強い力をもって感動に導かれた記憶がありました。自分の 中ではそれが一番好きな本、という認識があったにも関わらず、どうしてそんな思いをこの本が与えるのかは自覚してきてはいませんでした。そして今回、私が 1歳児の母としてこの本に戻って来たとき、この本はまるでまた新しい意味をもって私に訴えてきたのです。この本のロシア出版は“教師の年”と偶然一致した だけでなく、私自身の人生での転機ともあたりました。息子が誕生してもう1年も経っているのに、生活の優先順位が今までと逆であるということ、自分のやり たいことは何一つ出来ない、ということを自分の中で未だに受け入れらずにいました。昔から私は自意識が強くて、最近になって、今までずっと自分が–疲れを 知らず、子供とのやりとりが上手でいつも笑顔が輝いているいる– 理想の母親像を演じようとしていることに気づきました。この本と再び出会ったことによって自分の実際の姿を見つめて,出 来ないことがあることを素直に認める勇気が少しもらったような感じがします。灰谷健次郎にとってこの本を書くという行為は、彼自身が無意識のうちに自己の 良心を改める行為に近いものがあったのではないかという思いにとらわれました。登場人物の言動に思いを託すことを通じて懺悔して、涙を流して清められる、 本の一部にはそのような過程も垣間見られるように思われます。ある日本のある批評では、この本を読んでどれくらい読者が感動したか、ということよりも、ど れくらい変わることが出来るか、というところが大切ではないか、と記されていましたがその通りではないかと思われます。
最 後に“兎の眼”の題名について申し上げます。兎は仏教の経典にも伝えられる通り、仏の前世の姿と説かれてきました。兎は自己犠牲の象徴となります。この話 は、空腹の旅人をあわれんで我が身を火に投じた兎の行為を一切衆生に見せるために帝釈天は月に兎を移してやった、とされるものです。“兎の眼”の中にはこ の話のことは一切ふれられていませんし、この物語自体、宗教的内容のあるものとはいえませんが、それでも日本地に遠い先祖より代々伝えられて来た世界観が この本には満ちているといえるでしょう。月から地上を見つめる賢明な兎の眼のように...
ロシアと日本の間にもう半世紀以上も問題の根源となっている4島の存在がありますが、この本は、ふたつの民族を共通の価値観で結ぶ小さな平和の島となってくれることを心より願っています。
http://lit.1september.ru/view_article.php?ID=201000913
ピエールヴオエ センテャーブル Pervoe Sentyabrya 出版社
“リテラトウーラ文学”新聞2010年第9号記載
関屋まき 文
